江波冨士子

Interview

Fujiko Enami

Jun, 2020

Interview

連載 一粒のムリーニから

episode 2

「 ムリーニとの出会い、変遷  ~前編~ 」


“ムリーニ”という技法を、私が最初に知ったのは、富山ガラス造形研究所時代のことでした。ある日の授業で、ジャック・ワックスさんというアメリカから来て日本で教えている先生が、そのテクニックを見せてくれたのです。とても面白い技法だなと思って興味をもちました。そのときに、先生が実演してくれたのは、白と黒の2色使いの作品でした。


そして卒業後、私は3か月ほど、アメリカ各地を巡りました。後にワークショップを受けることになるリチャード・マーキスさんの工房も訪ね、ムリーニの作品や制作現場、彼の無数のコレクションを見せてもらいました。


その旅から帰国後、日本の工房で働き始めたのですが…。ある日突然、その勤め先の工房は閉鎖に。それは5月のことでしたが、翌6月にはもう、私はアメリカにあるチャダムグラスカンパニーで働いていました。そこは花瓶や大きなボウルなどを吹いている工房で、富山ガラス研究所では1年先輩だった小西潮がすでにアシスタントをしていたところ。たまたま人が入れ替わるタイミングと重なり、職を失った私に声をかけてくれたのでした。


私はジム・ホームズさんという吹きガラスのアーティストのアシスタントとなり、その工房では小西がファーストアシスタント、私がセカンドアシスタントとなりました。師匠は被せガラスによるきれいな色の組み合わせがメインの仕事ですから、ムリーニの制作については記念式典に出す作品など、何か特別な機会に行うという感じでした。



ジム・ホームズの作品


突如、日本で職を失い、翌月にはアメリカで働き始めたわけですが…。まさかそうなると思っていなかったので、私はその夏にアメリカで行われるリチャード・マーキスさんのワークショップに、日本から参加するつもりで申し込んでいたのです。まだ働き始めて間もないものの、師匠にお願いしてみました。実はすでに申し込んでいるワークショップがあって、ぜひ参加させてほしい…。すると、師匠はリチャード・マーキスさんと仕事をしたことがあるとのことで、ご自身も彼からムリーニを教わっていたんですね。私は1週間のワークショップに参加することができました。


ワークショップのテーマは「チームワーク」。チームワークを教えますというもので、私はそこでムリーニの技法を本格的に学びました。リチャード・マーキスさんのムリーニの特徴は、不透明なガラスのコンビネーションなんですね。ぎっしりと色鮮やかなガラスを使い分けていて、とても新鮮に感じました。







THE WAY of the ARTIST
Reflections on Creativity and the Life, Home, Art and Collections of RICHARD MARQUIS.
BARRY BEHRSTOCK MD


ムリーニはイタリア・ベネチアの古典技法ですけれど、リチャード・マーキスさんはアメリカ人で、1970年代に、たしか6年間ベネチアに滞在して、ベネチアンテクニックを習得。アメリカに帰国後、それを広めた人なんです。ジャック・ワックスさんもアメリカでリチャード・マーキスさんと仕事をしたことがあると言っていました。イタリアから技法を持ち帰ったリチャード・マーキスさんの活動が大元になって、次の世代のジム・ホームズさんやジャック・ワックスさん、さらに私の世代へとつながっているのだと思います。


リチャード・マーキスさんの作品は、とてもポップで、その歩みのようにイタリアらしさ、そしてアメリカらしさにあふれています。


それともう一つ、もともと私は、吹きガラスの生地を巻いて吹くということに苦手意識があったのです。ムリーニは棒状に引いた材料を、一度冷ましてから、カットしてモザイク状に並べていく。それを徐々に熱をかけてつなげて吹くというもの。この技法なら、自分の身体能力にも志向にも合っているなと感じて、夢中になっていきました。


チャダムグラスカンパニーでは2年間、アシスタントを務めましたので、私の師匠といえばジム・ホームズさんになるんですけれど、ムリーニのテクニックにおける先生というのは、リチャード・マーキスさんなんですね。





次回、「ムリーニとの出会い、変遷 ~後編~」へ続きます。

連載「一粒のムリーニから」
episode 1ムリーニの起源・語源
episode 2ムリーニとの出会い、変遷  ~前編 ~
episode 3ムリーニとの出会い、変遷  ~後編 ~