江波冨士子

Interview

Fujiko Enami

Jun, 2020

Interview


episode 1

「 ムリーニの起源・語源 」


私が使っている“ムリーニ”という技法は、イタリア・ベネチアの古典技法の呼び名で、もともとは“ムッラ murra”という言葉から来ています。それは何かというと鉱物、石の名前で、おそらく蛍石ではないかということです。日差しによって色が違って見える石を使って、古代ローマ人は酒の杯をつくっていたそうです。私が読んだ文献によると、石を継ぎ合わせて、ということが書いてあったので、おそらくムッラの欠片を継ぎ合わせて、酒杯をつくったということなのだと思います。


そのムッラの欠片を、どう継いでいたのか、その継ぐ方法は私はわからないんですけれど、19世紀になってから、ルネッサンスの流れを受け、その酒杯をガラスで再現しようと、ベネチアのガラス職人が復興した技法でもあるんですね。誰がムリーニと呼び始めたかはわからず、おそらくムッラの酒杯を見たガラス職人が、初めはモザイクガラスで型を使ってつくるうちに、じゃあ吹いてみようかということになって、吹きガラスに転向したのが始まりではないでしょうか。


モザイクガラスそのものは、紀元前15世紀にメソポタミアで始まったといわれています。ただその頃のガラスというのは透明なガラスではなくて、濃いコバルトブルーとか、少し赤みがかった色とか、色彩の豊かな深い色をしたもので、それをガラスと呼んでいたんですね。ガラスは宝石に準じる素材として扱われていたらしく、モザイクも手のかかる仕事ですから数多くはつくれず、神殿のような特別な場所とか、ある一部の人のみが手に出来たという素材でした。


吹きガラスという技法が始まったのは、紀元前1世紀くらいといわれています。鉄のパイプ(吹き棹)が開発されてから、そのパイプの先にガラスのタネ(溶かしたガラス)を巻き取って吹くということができるようになって、ガラスは大量生産が可能になったんですね。15世紀くらいには、無色透明のガラスがベネチアで生まれ、そこからガラスとは透明な素材というふうに定義づけられるようになりました。


いろんな文献を読んでいると、ムリーニについての定義が載っているんですけれども、起源・語源としてはおそらく脈々と受け継がれてきたモザイクガラスと石を使った酒杯が合わさって、ムリーニが生まれたのではないかと思います。


イタリア語でリーナとかリーノというのは、小さい物につける接尾語です。たとえばファルファッラというのは蝶々のことですけれど、小さい蝶々のことはファルファリーナと言うんですね。そんな感じで、ムッラのことをムッリーナ(Murrina)と言うことで、小さい欠片という意味が生まれてくるんです。それがなぜ、ムリーニ(Murrini)と呼ばれるようになったのか、またはムリーネ(Murrine)と呼ばれるようになったのか。本によってはムリーナ(Murrina)と表示していることもあるし、ムリーノ、ムリーネのこともあるし。イタリアでさえいろんな呼び方をされていて、その線引きがどういうことかは、1年間の私のイタリア語学留学ではちょっとまだ追えなかったんですね。

私がこの技法を習った当時は、ムリーニと呼ばれていましたが、今日ではムッリーネと呼ばれることが一般的になっています。ただ、私は最初に教えを受けた先生がアメリカ人で、彼の発音に慣れ親しんでいますので、いまも技法名だけでなく、完成した器や、吹いてつくる材料(パーツ)のこともムリーニと呼んでいます。表記については、一昨年のイタリア滞在を経てからは、Murrineを使っています。


モザイクガラス  Mosaic glass
ガラス棒をスライスしたものや、さまざまなガラス片を型に敷き詰め、窯で溶着して、成形する方法
参考文献:『あこがれのヴェネチアン・グラス』展図録(サントリー美術館/2011年)





次回は、「ムリーニとの出会い、変遷」についてのお話です。

連載「一粒のムリーニから」
episode 1ムリーニの起源・語源
episode 2ムリーニとの出会い、変遷  ~前編 ~
episode 3ムリーニとの出会い、変遷  ~後編 ~