蒔絵手帖 11
「蝶蒔絵杯」
実際には存在しない、想像の蝶を描いています。
構図として、器の端っこに蝶を描いて、そこから今にも飛び立っていきそうな感じになっています。
研ぎ出し蒔絵の「ぼかし蒔き」という技法によって、ふわふわ感を出しています。
光の角度によって、平目粉という、粗い金粉を平たく潰した粉は、金属感がでるので、角度によって模様だけが浮き出てきたりと、見え方も変わります。
蝶の羽ばたきに呼応するようなイメージなんです。
そういう意味でも、蝶の羽の模様は創作的な模様として、自由に考えています。
器の形は昔ながらの盃。盃といったらこういう形と誰しもが思うような形ですね。
大体こういうのは朱の盃が多いんですけれど、この見込みは「潤(うるみ)」です。
暗いところだと、黒とも焦げ茶ともいえない、何ともいえない不思議な雰囲気になります。
研ぎ出し蒔絵なので、模様を描いてないところも研ぐため、普通だったら漆を塗った刷毛目のぼこぼこ感が出てしまうところも、その刷毛目を取るように研ぐので、こうしたツルっとした面ができるんです。
それによって光が当たらない時はブラックホールみたいというか、もうどこまでも突き抜けていくような雰囲気が出るんですね。
そこに蝶が1匹飛んでいる、その空気感というのがいいなと思っています。
シンプルな図案ですから、お酒を飲む時には周りの物と取り合わせて使いやすいですし、面白いのではないでしょうか。
この盃の中だけで完結せず、旬の魚があったり、付け合わせでお花があったりして、そこにこの蝶が近寄ったり離れたりという雰囲気が演出できるかなと思います。
盃の縁は、梨地粉を蒔いたところに、錫粉をさらに蒔き込んでいて、ちょっとキラッとするんです。
色味もちょっとシルバーというか、錫の色味があります。
落ち着いて見えますし、金縁だと邪魔してしまう場合もあるけれど、これは周りの色も吸収しちゃうような溶け込むような雰囲気です。
盃自体は縁に色がつくと引き締まるので、最近はこの微妙な色合いの表現が好きでやっています。
梨地粉を蒔く時は、粉筒といって鳥の羽根の軸の中をくり抜いて、そこに絹の布を貼って、それをフィルターみたいにしたものを使います。
金粉の中の埃とかは通さずに、金粉だけが落ちていくんです。
埃が落ちると、そこだけ模様が抜けてしまいますから、その粉筒という道具を使って、カチカチやりながら振動させて蒔いていきます。
細かい仕事をする時に用いる粉筒は、細くて小さい繊細な道具。そういう道具も手作りで揃えています。
市販のものもありますけれど、それとは全く違うレベルのものです。
それがないとできない、それも作品の一つみたいなところはあります。
盃の裏面は「石目塗」といって、漆の表面に炭の粉を蒔いて作ります。
これも蒔絵の技法なんですけれど、ちょっとマットなツヤ消しの黒色で、この高台の中のツヤがある黒色との対比の雰囲気というのもまた高級感が出るというか、僕的には好きな表現方法です。