髙嶋一孝

Interview

Kazutaka Takashima

Mar, 2020

Interview

食の滋味を酌む酒

高嶋酒造 蔵元杜氏 高嶋一孝




飲み飽きしない美味しさ


創業は文化元年(1804年)ですので、220年近く続いている蔵です。何代目かというのは、気にしていないのでよくわかりませんが(笑)…僕が蔵に戻ってから20年近くになります。水に恵まれた土地で、敷地の地下150mから富士山の伏流水を汲み上げています。硬度も一桁、超軟水とも言える、やわらかいお水です。このやわらかいお水を活かした酒造りを心がけています。水道水は一切入っていませんので、酒造りはもちろん生活用水も全てこの井戸水でまかなっています。


髙嶋一孝


「白隠正宗 ( はくいんまさむね ) 」の特徴は、飲み飽きしない、長く飲み続けられる美味しさにあります。ちょっと飲んで美味しいというよりは、一晩つきあった次の日の朝に「あ、昨日の酒、良かったなぁ」と思ってもらえるのがいちばんだなと思っています。



ラインナップとしては、地元のお米を使ったものが7~8割あり、「誉富士」「愛国」などの県産米を自家精米し、純米酒を造っています。伝統的な造り方の生酛造りも、全体の4割ほどあります。酵母は自分で培養したものしか使っていません。培養したてのフレッシュなものを、ある程度までたっぷり使うと、間違いなく良い発酵をしてくれます。材料としてお米が変わったり、製造の工程が若干変わることはあっても、酵母や種麹は基本的には変えないという方針でやっていますので、どれを飲んでも白隠正宗らしさというのはあるのではないでしょうか。アルコール添加は数年前にやめまして、全量純米酒造りをしています。


発酵の食と酒







沼津は港町で、この蔵からも海岸まで300mくらいです。太平洋側ですのでかなり乾燥した土地。雪が降ることもなく、冬は雨もあまり降らないような地域です。そういうところだから食としては干物の生産が盛んで、そうした物に合わす酒ということは常に意識はしていると思いますね。

醸造を学んだ大学時代、ゼミに入る時に、醤油や味噌の発酵調味料の先生にお声がけいただいて、一年間鞄持ちをするように言われて、先生の出張先にもついて回りました。「食を考えろ」ということをたたき込まれたのは、とても良い経験でした。今は酒の仕事をしていますけれど、酒も食ありきの酒だと思いますし、そういったところに今でも重きを置いているのはその時の経験だと思っています。

やはり発酵を学んできたので、酒造りの同業者に対しても、発酵食など他ジャンルに対しても、リスペクトの気持ちが強いです。例えばお味噌ひとつ、お醤油ひとつにしても「あ、このつくり手のこれは良いなぁ」と思えば、なるべく自分で使いたい。またそれを家族や友達に食べてもらいたい、取引先の方々にも食べてもらいたいという気持ちになります。手料理でおもてなしをすることもありますし、家族には毎日そういうものを食べてもらいたいので、味噌でも醤油でも本当に実直につくられているものを、日常の生活の中に取り入れています。そうしたものはある意味パンチはないかもしれませんけれど、滋味という良い味があります。手に入らなければ自分でもつくります。例えば、サツマイモを使って甘酒をつくってみたり、料理の調味料に甘酒を使うことも多いですね。特に中華料理は甘さをつけるのに甘酒を使うと、とても甘切れの良いものになります。お酒との相性を考えると、いつまでも甘いものより合わせやすいので、試行錯誤しながら楽しんでいます。




良い燗酒


食べることが好きなので、食べ物の話は尽きないですけれど…(笑)。食べ物ありきで酒造りを考えているので、僕の中の良い酒は、やはり美味しい食があるところで映える酒が、いちばん良い酒です。お店でもどこでも、美味しいもの食べましょう、という時に、美味しいお酒をいちばん良い状態で出したい。

例えば温かい、熱い天ぷらを食べる時に、冷たいお酒で味のトーンを落とすよりは、ちょっと熱めの燗酒を出していただくとか。本当に細かいことかもしれないですけれど、ちょっとしたことでそこで映える映えないが出てくる。それはお酒が美味しくなるとかではなくて、お料理が美味しくなるかどうかということ。そこが大事だと思いますね。

燗にすると味わいが拡がるので、冷やしている時にちょうど良い濃さだと、燗をつけると重たくなるんです。なので、冷やの時は本当に軽くなるように造っていて、燗にするとその味が拡がる…そういう酒造りをしています。意外にないタイプなんです。酸度もアミノ酸度も低くて、なおかつグルコースの値もかなり低い。どこの蔵より酸を低く造っているのに、微量の酸がマスキングされていないので、酸をしっかり感じるんです。




燗酒は食事が美味しくなるだけでなく、酔い心地も良いですよ。すぐに分解が始まるので、酔い覚めがとても良い。どうしても冷たい物は、血中に入って分解が始まるまでに胃袋で吸収されるから時間がかかって、タイムラグが生じます。そうすると、今日は飲めるなと思って飲んでいても、しばらくして思った以上に酔っていたり…。昔は「冷や酒と親の小言は後できく」って言われていたのに、この頃は忘れられているのかな。基本的に燗酒は、すぐ酔うけれど、すぐ覚めていくので、ふわーっとして気持ち良いです。

ただ、燗酒と言っても、最近は都内とかでは、重たい燗酒が出てくることが多いですね。アミノ酸の多い、重たい酒を燗にして、これぞ燗酒みたいな感じになっています。僕はそうではなくて、ちゃんと冷やでも常温でも飲めて美味しいものが、燗で飲んだらもっと美味しいよ、という酒を造りたい。だから、今の燗酒のシーンとはまたちょっと違うかもしれないですね。

お酒のことではないんですけれど、一関のジャズ喫茶「ベイシー」の菅原さんが良いことをおっしゃっていて。昔のライカのカメラに例えておっしゃっていたんですけれど。ライカのカメラを持って「僕こういうものが良いんだよ、音もそういうのが良いんだよ」と。じゃあ、ライカのカメラの何が良いかというと、「ガッシリしてて軽い」とおっしゃった。あ、これ良い言葉だなって。僕も味わいとしては“ガッシリとしていて軽い酒”というのを造りたいなと思ったんです。うちの酒はかなり軽いんですけれど、ガッシリさというのは、まだ表現の中で足りていない要素かなとは思います。その「ガッシリしてて軽い」ってとても良い表現なので、うちもそういう酒になりたいなぁと、その時にハッと思いましたね。

一杯で満足するようなものではないので、うちみたいな酒を腰を据えて飲む機会を、普段は飲まれない方も一度されてみたら、そういう世界に引き込まれるのではないかなと。そういうきっかけがあると良いなと思います。






「蒸し燗」のススメ


僕は元々燗酒好きだったということもあるんですけれど、たまに仕事帰りに寄って飲む居酒屋さんで、1日に40升くらいの燗酒が売れる店があって。ビールもサワーもあるのに、なぜこんなに燗酒が出るんだろうと。お酒の銘柄も大手酒造メーカーのものだし…。そう思って見てみると、ものすごく熱伝導の悪い状態で燗をつけていたんです。大箱につけ置きしてあって、お燗を頼むとすぐに出てくる。つまり、ウォーマー状態なんですね。すごく緩い温度でずっとつかっているんです。その店はつまみも奇を衒ったものはなくて、和え物とかいろいろあって、セルフで取りに行くんです。そういう雰囲気もいいし、つまみもいいし、でも、何よりお客さんがスイスイ飲まれているということは何かあるなと思っていたら、そういうことだったんですね。僕も家に帰ってから早速、錫のちろりと徳利を用意して、同じ酒で同じ湯煎の状態で比べてみたんです。そうしたら全然違った。燗につける道具は、熱伝導の悪い方が美味しいということが明確でした。




飲食店も、今は何ごとも早くやらなきゃいけない雰囲気なので、どうしても合理的な道具になりがちでしょうけれど、そうすると面白くないというか、美味しさがなくなってしまうというか。お酒を燗につけるには、熱伝導を悪くした方が良いとわかって、試行錯誤した結果、「蒸し燗」をオススメしています。文字通り、お酒を注いだ徳利をセイロに入れて蒸して燗をつけます。僕のつけ方は、セイロの簀の子は使わずに、2センチ程度のお湯を張ったところに徳利を置きます。熱伝導が緩やかなので、急加熱にありがちな焦げ臭や渋みを抑えられますし、蒸気の中での加温は、水分や香りが逃げにくく、美味しく飲めます。これを最初に言い始めた頃は、燗酒を熱心に拡げているという人に限って、否定的に言われてしまったこともあって、その時は若干悔しかったですね。僕は燗酒ひとつにしても、単純に温めるだけではなくて、どうつけたらいいのかということを試行錯誤してみて、蒸し燗に行き着いたんです。一見エゴイスティックに捉えられがちなんですけれど、そうではなくて、純粋にそこに合うもの、というところで色々考えた結果なので、楽しんでもらえたらなと思って提唱しています。




酒造りのフィロソフィー


トレンドというのはどの時代もあって、僕が蔵に帰ってきて20年弱ですけれど、その間にもトレンドは度々変わっているんですね。そういうことを考えると、トレンドを追いかけることが、果たして蔵にとって良いことなのかどうかわからない。それより、揺るぎないものの方が、安心感とか安定感があると思うんです。

兵庫の剣菱酒造さんの教えが、すごく興味深いんですけれど、「止まった時計であれ」という哲学みたいなもので…。時計は1日に2回、同じ場所に来る。だから我々は動かなくていい。そういう代々の教えがあるらしくて、おそらく100年以上前と比べても大きくは変わらない酒造りをやってらっしゃるんです。そういう酒造りを知ると、トレンドを追うよりも、お酒は僕らの生き方であり、蔵のフィロソフィーみたいなものを飲んでもらえる方がいいと思える。10年くらい前までは、うちの蔵も鑑評会やコンテストに出していて、賞もいただいていたんですけれど、今はトレンドのお酒が評価されやすいので、鑑評会やコンテストにも全く興味がなくなりましたね。

僕らの目指しているのはそこじゃないなと。沼津には美味しい干物があって、ムロアジなんて脂っ気もないんだけれど、噛めば噛むほどに滋味みたいな味わいがあって、そういうものにお酒を合わせたい。だから、酒自体はドライめなんですね。グルコースの高い酒は合わないんです。もちろん、そういう酒が映えるシチュエーションはあるので、否定はしません。何でも全て否定したくはないので、今のトレンドの酒のあり方とか造り方、一通りの理論や技術は自分たちもわかっているつもりなんですけれど、やらないですね。




まだ大学生の頃に、とても流行ったお酒があって、地酒として売られていたんですけれど、それを造っている地元の町では売られていなくて。東京向けに造られているお酒だったんです。違和感を覚えましたね。当時は先生の出張に鞄持ちでついて行って、地方にはさまざまな酒や食文化がありますから、滋味のある本当に良いなぁというものにも出会いました。東京はなんでこんなにつまらないんだろうと思うようになってしまったんです。そこへのアンチテーゼはあるかもしれないですね。

焼き物とか器の作家さんも、どうしたら誰も作ったことのない色や風合いを出せるかと、いろいろ試行錯誤されると思うんですけれど、そういうことの方が面白いなと思います。あんまり奇を衒ったところでやらないで、粛々とやっていく中で、オリジナリティが出てくれば良いなぁと。僕らの酒造りは、そういうものだと思っています。

今は酒造りの技術も高まって、お酒を常温で置いてもひねない造り方ができます。ひねる要素というのは、酵母が死滅するときに出てくるので、酵母を生かしたまま搾ることが大事なんですね。昔は貯蔵する場所のこととかを考えて、アルコール度数は高くして、出荷時にアルコール度数を下げて出荷していました。でも、アルコール度数が高くなると、酵母の死滅率も上がってくるわけで、今はアルコール度数をある一定以上に上がらないように、酵母を死なせないようにして搾る、という造り方が知られるようになりました。うちの蔵もそういう造り方をしています。最近はどちらかというと甘い酒を造る蔵が多いので、途中で搾ってしまうという造り方だったりするんですけれど、うちはしっかり辛くした上でアルコール度数を上げないという特殊な造り方です。搾るタイミングが違うんですけれど、意外とこういう造りはあるようでないんです。




未来へつなぐ


酒造業界はこの十年くらいで、造り手が急に変わったという背景があります。経済的なことから、杜氏に来てもらうより、自分たちで造ろうと考える蔵元が全国的に多発したんですね。うちの蔵も僕の代で、酒造りを180度変えました。これまでの経営陣で、蔵に入って酒造りしたのは僕が初めてです。父も入ったことはありませんでした。昔は蔵元がいて、そこに地方から杜氏が来て造るというのが当たり前だったんです。現在、うちの酒造りは、僕と5人の蔵人で行っています。社員として年間雇用で働いてくれていて、全員県内出身者です。転職組ばかりで、メディア関係からの転職もいますし、個性的で面白いですよ。

業界の造り手が変化したことで、酒造りの情報もオープンになりました。それによって知識や技術も高まりました。とくに洗米の技術は、革新的に変わったと思います。以前のやり方では雑味が出てしまうところが改善されて、美味しく造れるようになりましたね。

うちは麹造りだけは機械化しています。絶対に必要な酵素の温度帯と絶対に必要でない酵素の温度帯というのがあるんですけれど、そこを最新の機械によっていきなり必要な温度にしていくという造り方。人間の手では造れない領域です。それ以外は骨董品のような機械や道具で造っているんですけれど、麹室だけは現代的な手法を取り入れていて、おそらく日本で最新鋭なのではないかな。お陰で、麹造りも良い状態で安定していますし、夜中に様子を見なくてよくなりました。その前の10年くらいは、僕が一人で夜中に見ていたんですね。蔵人たちは夕方には全員帰宅しますので。この先もずっと続けていくには、自分も健康的でなければと思って導入しました。

また、数年前から、うちでは「循環型の酒造り」というものに取り組んでいます。蔵から捨てるものをなくし、またそれを使って酒造りをするということを続けています。米を収穫して、精米すると糠が出るんですけれど、その糠を発酵させて、田んぼに戻して、またお米にして酒にするという循環です。これなら捨てるところがない。もちろんお酒を搾ると酒粕が出るんですけれど、静岡はわさび漬けがとても盛んなので、酒粕はほとんどわさび漬けに使われるんですね。この取り組みも良い形になってきているので、出来れば全量やりたいなと思っていますし、これが全国に拡がったらいいなと思っています。






美味しくて体に良い物


酒造りにはお水をたくさん使うんですけれども、同じ水をミネラルウォーターとして出荷しています。うちのお水の良さ、超軟水のやわらかくやさしい味わいを知っていただきたいのと、これを和らぎ水(チェイサー)としてお使いいただくと、より心地良く酔えるのではないかと思っています。名前の由来は、まずは富士山の伏流水ですので、富士山という意味で和の山で“和山”ということと、あとはうちは白隠正宗というお酒を造っていますので白隠禅師の白隠禅師座禅和讃の“和讃”。経典などを日本語で綴った賛歌としてよく使われるんですけれど、この2つを掛け合わせて「wasan わさん」というお水の名前にさせていただいています。




このお水とお米と麹だけで「甘酒」も造っています。とにかく丁寧に造った酒蔵の甘酒、というのを飲んでもらいたいと思って造り始めたんですけれど、意外なところで反響がありまして…。例えば、なかなか食の進まない寝たきりのおじいちゃんやおばあちゃんが、喜んでうちの甘酒を飲んでくれていて、あぁ、これは良いことをしたなぁと思うんです。美味しい物、身体に良い物づくりということにつながったんだと、造ってから知ることができたんですね。これはやるべきことだと改めて思いました。この甘酒を使った、甘酒とほんの少しの塩と米油を使ったアイスクリームとは言えないんですけれど、アイスも作っていただいています。これもさっぱりとしていて、見た目はアイスクリームなのに、やはり甘切れとかさっぱりさがあって、なおかつ麹の旨みというか甘味があって美味しいんですね。蔵では販売していませんけれど、和食店さんの食後などに出していただいています。




色々やらなきゃいけないことは山のようにあるんですけれど、酒蔵として大事なのは、何かに挑戦するというよりも真面目に粛々とやることかなと。例えば麹を盛るときに何cmにするとか、その程度のことを日々繰り返していくと、大きな違いに何年後かにはなっているので。そういうことかなとは思うんですね。

美味しいものを造って、みんながハッピーになるといいな、というところがいちばん目指すところですし。あの手この手でどうのというのではなくて、真面目に酒造りしていることが、きっと未来に何か役に立つだろうという思いでやっています。それが良いような気がするんですよね。毎日を粛々と、真面目にやっていくことだと思います。

Movies

Introduction movie 「白隠正宗」 髙嶋一孝

Year:2020 time:8.24min movie by filament