藤井友梨香

Interview

Yurika Fujii

May, 2020

Interview

小さな自然の奏でる悦び




ガラスに興味を持ったのは、小さな頃からで…。庭に落ちていたガラスの破片とか透明感のある石がとても好きだったんですね。海に行ったら、シーグラスを拾ったり、とにかく透明感のある物が好きで。絵を描くことや物をつくることも好きだったので、美大に行こうと思って。たまたま女子美術大学にガラスコースがあることをパンフレットで知って、ガラス専攻に決めました。

最初は万華鏡作家になろうと思っていたんです。高校の図書館に万華鏡の本が置いてあって、その万華鏡の筒の部分は吹きガラスでつくられていたんですね。「あぁー、すごい!これやりたい!」って。私も万華鏡作家になりたい!と思って大学に入ったんですけれど、やってみたら万華鏡って鏡を合わせる角度とか、結構数学的な要素があって…。ちょっと向かないかなぁと思い始めた頃に、吹きガラスの授業が始まって。溶けているガラスが、それはもぅきれいで、しかも吹くのも難しいから、どんどんのめり込んでしまって…。そこから吹きガラスの道に入りました(笑)。

学生の頃は、ガラスを吹く練習として、一応は器もつくるんですけれど、アートというか自分が何を表現したいのか、ということを追求するような授業が多かったので、どちらかというと器よりもアートをやっていました。







大学を出るときに、何となく5年間は工房勤めをしようと決めていたんですね。まず「彩グラススタジオ」というガラス作家・伊藤けんじさんの工房で、2年間働きました。伊藤けんじさんは、本当に吹きガラスの上手な方で、技術的なことも惜しみなく教えてくださるので、私は伊藤さんから技術の基礎を教わりました。その後は、制作することだけに集中できる環境に身を置きたいと思って、お世話になっている先生の勧めもあって、「富山ガラス工房」に3年間勤務。大学卒業からちょうど5年経って、作家として独立しました。


有線七宝をガラス生地に




富山ガラス工房では、3年間で作家性をどれだけつくり出せるか、という課題を周囲も同じように持っている環境だったんですね。私はガラスをずっと続けるということは決めていたんですけれど、自分の作家性というか、どういったものを生涯やっていくのかというのは決まっていなくて、ずっと3年間モヤモヤしている状態だったんです。あるとき、富山にある百貨店の本屋さんで、たまたま『七宝』(LIXIL出版)の本に出会って。本を開いていたら、七宝の釉薬がすごくガラスっぽく思えて…。これはガラスでできるんじゃないかなって、直感的に思ったんですね。難しそうな技法だし、これだったら生涯をかけて追求していけるかんじゃないかと思って。そこから、ガラスと有線七宝の研究を始めました。




有線は純銀の銀線を使うんですけれど、どうやったら銀線をガラスに定着させられるかという課題があって。銀はガラスにとっては不純物なので、普通に焼き付けたらヒビが入ってしまったり、あまりきれいではない状態で変色してしまうんですね。有線七宝は、もともとは金属の生地に施す技術で、ガラス胎(ガラス生地)に七宝を施す人はほとんどいなくてわからないことだらけだったんです。私は吹きガラスで器をつくっていたので、その自分で吹いた器に有線七宝を施したいという目標があって。いろいろな実験を重ねて、美しい状態はどの温度で出せるのかとか。色の組み合わせや釉薬の研究もして、2~3年経ってから、やっと作品らしいものができるようになりました。





有線七宝を施した吹きガラスの器を、そのまま窯で焼くと、急激な温度変化で器がヘタってしまうんですね。それで、ピックアップという吹きガラスの技法を取り入れています。予め小さな電気窯の中に有線七宝を施した器を入れておいて、ゆっくり温度を上げていってから、器を竿の先に取り上げて、窯で焼き付けるという方法です。これがいちばん安全でいいかなと思っているんですけれど、このピックアップ作業を日を分けて延べ4回繰り返さないと完成しないので、ちょっと手間がかかるんですね。

工程としては、まずガラスを吹いて器をつくります。その器に下絵を描いてから、エナメルで絵付けをしたり、銀で植線をしたり。それを焼き付けて、銀線の内側に釉薬で色を入れます。釉薬は同じところを3回に分けて、焼き付けと色入れを繰り返します。このことを一番さし、二番さし、三番さしと言います。最後に銀の部分を磨いて、もう1回釉薬を盛るように入れて焼き付けます(四番さし)。底部を磨いて完成となります。












吹きガラスの工程でもたくさん手を掛けますし、「大変な作業ですね」ってよく言われます。私はあまり意識していなかったことで、効率がいいとは思ってないですけれど(笑)。ただ、どの工程もそれぞれ楽しさがあって、吹きガラスはもともととても好きな作業ですし、植線で銀を扱っていくのも、やはり銀とガラスを合わせることで、ガラスの反射が銀と響き合ってキラキラして、つくっていてもきれいだなって思うんですね。エナメル絵付けは、色を足せるというのがとても楽しくて、どれも外せない作業というか。手間はかかっても、いくつもの工程が重なることで、一つ一つがとても大切な作品になっていると思っています。


エナメル絵付けを合わせて


有線七宝とエナメル絵付けを組み合わせることは、3年前くらいから始めました。器全体に七宝を施してしまうと、重くなってしまうし、手間もかかりすぎてしまって、普通に使う器にはちょっと向きません。どうしようかなと思っていたときに、東京のギャラリー「サボア・ヴィーブル」の外山さんと宮坂さんに出会って、作品を見ていただいたんです。そこでお二人から「有線七宝が全面だと雰囲気がかたすぎるから、もっとフリーハンドで自由な線を入れたらいいんじゃない?」「エナメル絵付けをやってみたら?」と助言をいただいたんですね。私はそれまでエナメル絵付けをやったことがなかったので、ちょっと厳しいんじゃないかなと最初は思ったんですけれど、お二人ともそう仰ってくださるんだから、思い切ってチャレンジしてみようと思い直して。そこから有線七宝とエナメル絵付けを組み合わせて、吹きガラスの柄にしていくという実験が始まって、今のような形になってきました。




そもそもなぜ有線七宝をやりたいと思ったかというと、“具象的なモチーフを描きたい”というのがあったんです。季節の植物がとても好きで、それをガラスで描きたいという気持ちがずっとあって。サンドブラストとか切子とか、具象的なモチーフを描ける技術をいろいろと習いに行ったり、バーナーワークも習いました。でも、どれもしっくり来なくて…。そういう時に有線七宝と出会って、細かい表現がこれならできるなと思ったんです。




庭で野菜を育てたり花を育てたりするようになって、自分で育てていくことで、毎日表情が変わるのできれいな瞬間に出会うんですね。そういうフレッシュな気持ちのうちに、すぐ手を動かして、植物の生命力を器に持たせたいなって思っています。今はキュウリやナスなどの夏野菜を絵柄にしているんですけれど、蔓の先がちゃんと伸びていこうとしている様子とか、そういうところを心がけて描いています。ここ数年、いろいろな夏野菜をプランターで育てていて、今年は庭の片隅に小さな菜園もつくっています。キュウリもナスもかわいい花が咲くんですね。その花と実を一緒に描いたりしています。器というのは空想の世界を描けるので、時間軸をひろげられます。自宅周辺は自然が豊かで野の花も多くて、タンポポが咲いていたり、綿毛がきれいだったり。そういう野の花の姿もたくさん描きたいです。周りの山には鳥もたくさんいて、スズメは毎日やってきますし、季節になるとツバメもよく飛んでいます。身近な植物や鳥はどうしても描きたくなりますし、ずっとこれからも描いていくと思います。











小さな器に世界を描く


最近はぐい呑みをたくさんつくっています。私自身、お酒は好きなんですけれど、ぐい呑みというのは、遊び心を出せるアイテムだなと思っていて。日によって使いたいなと思うものは違うし、いろいろな手の大きさの人もいるし、いっぱい飲みたいときもあればちょっとでいいときもあるので、いろいろな物をつくりやすいんですね。小さな器の中に、世界を描き出せるというのは、とても面白いなと思っています。




ぐい呑みは、他の器と違って、手の中で愛でている時間が長いですよね。飲みながらちょっと何となく持っているとか、何となく見ているとか。そういうときに、季節のものが描いてあったら、そこが話の種になったり、一人で飲んでいたらそこからいろいろな想像がひろがったり。そういうちょっとしたスパイスみたいな、何かを楽しむきっかけというか、そういうふうになったらいいなと思っていて。たとえばキュウリの柄の中には、銀線を細かく切ったものを入れて、新鮮なキュウリの表面のつぶつぶを表現しています。外側からも内側からもちょっとキラキラするようにしていて、お酒を飲んでいるときに、ぐい呑みをちょっと動かしたらキラキラっとするときれいかなと。ぜひ楽しんでいただければと思います。





今は夏向きということもあって、透明なガラス生地の器が多いんですけれど、去年から器の底部などに色を入れたタイプもつくっています。たとえば下部に白色を入れた器には、スノウドロップを描きました。スノウドロップを描こうと思って生地をつくったのではなくて、何となく白色を入れた生地をつくってみて。それを眺めているうちに、スノウドロップは雪の下から咲く姿がきれいだから、この白色を雪に見立てたらいいかもと思いついて。生地に色があると、色から連想して模様が浮かんでくるんですね。これは薄いピンクなので、桜が似合うかなとか。これは色が波線になっているから、波の下がっているところから草が生えていたらかわいいかもとか。透明なガラスのときとはまた全然違うところからデザインが出てくるという感じです。四季折々、楽しんでもらえるような模様を描いていきたいなと思っています。


Movies

Introduction movie 藤井友梨香

Year:2020 time:9.02min movie by filament