島岡利宣

Interview

Toshinori Shimaoka

Nov, 2020

Interview

じんわり沁みる癒やしの酒

島岡酒造 蔵元・島岡利宣




落ち着いた味わいを求めて


島岡酒造は群馬県太田市にありまして、ちょうど関東平野の北端辺りになります。赤城山の裾野からひろがる大間々扇状地の南端、湧き水がたくさん出るところでお酒造りをしています。

基本的には地元のお米を使って仕込みをしています。造っている量は少ないんですけれども、ほぼ全てのお酒が”山廃造り”という昔型の造り方になります。蔵内で1年、2年と熟成させて、落ち着いた感じのお酒に仕上げてから蔵出ししています。昔から一貫しているところがあって、父や祖父の時から基本的な酒質というかスタイルは変えていない、かなり頑固な蔵です。



自分は日本人だからかもしれないですけれど、日本酒は、飲むとやさしく癒してくれるような液体だと思っているんですね。ビールにはビールの良さがありますし、ワインにはワインの素晴らしさがあって。やっぱり日本酒にも日本酒独特のもの…温泉じゃないですけど、やさしく癒してくれるようなイメージが僕はあるんですね。それをそのまま液体にしたようなお酒を造りたいと思っています。

うちの祖父もそうだったんですね。落ち着いたアルコールというか、飲んだその時に「うわーおいしい」というのではなく、体の内側から癒やされるようなホッと出来るお酒。いつでもそばに置いておきたくなるようなお酒を造ろうとしていたと思うんです。そういうこなれた落ち着いたお酒の味に僕も親しんできましたから、何かこの味わい、もうちょっと突き詰めたいなと思って。今まで造り続けてきたうちのスタイルを、さらに洗練させた形にしていって、自分の造りたいものに近づければいいかなというのが昔も今も基本的な考え方です。やはり1年1年より上質な形に変えていく、ブラッシュアップしていく作業はずっと続けたいなと思います。



島岡利宣


熟成期間を経て上質に


こなれた、落ち着いたお酒をつくる上で、絶対的に必要になってくることが、搾ってからの「熟成」期間だと僕は考えています。今の市場で主流になっているお酒とはちょっと違うんですけれど、熟成期間というのをとても大切にしています。




お酒は搾って出来た時には、まるでお米のエキスみたいな感じです。風味もそうですし、味わいもそうなんですけど、ものすごくパワーがあるというか、塊が大きいというか…大きな原石みたいな感じのものです。それはそれで非常に魅力もありますし、面白いことなんですけれど、さらに熟成させることによって、余分なものというか、色々なものがそぎ落とされていくんですね。まず、搾り立てのフレッシュな香りみたいなものは確実になくなります。搾ってすぐの時のシャープな酸味というのも、どんどん削られてなくなっていきます。逆に、きれいすぎる弱いお酒の場合は、時間とともにダレる、という表現を使うんですけれども、小さくなり過ぎて、つまらないお酒になっていくこともあります。僕の中での熟成期間というのは、より良くするための磨きとか、削りとか、そういう作業のイメージがあるんですね。




泡盛とかウィスキーとかの何年物というのを飲まれると、よくわかると思うんですけれど、寝かせることでアルコールの角が取れてきます。蒸留酒なのでしっかりアルコール感はあるものの、角のないやわらかい感じになってきますよね。日本酒でも寝かせたものに関しては、似たような感じになってきます。長い年月をかけて寝かせるので、弱いお酒だと熟成に負けてしまいますし、新酒の時には香りでカバー出来ていたところがカバー出来なくなってきたり、お酒の本質みたいなものが出てくる怖さもあります。

タンクの中のお酒の味を見ながら、「しっかり熟成した味わいになってきたな」というタイミングでボトリングします。基本的には1年以上はどんなことがあっても寝かせています。物によっては2年物と3年物をブレンドしたりとか、そういうこともしています。大吟醸になると3年~4年物くらいがベースになっています。




ちょっと話はそれてしまうかもしれませんけれど、最近の大吟醸は、新しい酵母による強い吟醸香とのバランスをとるために、若いきれいな甘さが求められていて。市場に出ている余所の大吟醸の9割9分は、冷やして飲む、すっきりした味わいと香りを楽しむ甘いお酒になっています。うちの大吟醸はそれとは対局の形なんですね。かなりタイプが違っていて「究極にこなれた上質なお酒」というのを目標にしています。しっかり熟成して、やわらかいこなれた味わいになってからボトリングしているので、温度変化に対応できるんです。冷やで楽しむのもいいんですけれども、ちょっとぬる燗にしてもらうと、絶妙な味わいを出してくれるというのも持ち味です。何か料理と合わせた時に、そのお酒の本当の力が出てくるように思うので、熟成した大吟醸ならではの味わいを楽しんでいただけるとうれしいですね。

話を酒造りに戻しますと、熟成期間中に、ダレることなく、良い形で落ち着いた味わいにしていくためには、しっかりした強いお酒を造らなければなりません。そこで欠かせないのが、山廃という造り方だったり、昔型の酵母であるシングルナンバーの酵母だったりするんですね。当たり前の酒造りといえば当たり前なんですけれど、そこは外せない要素になります。


ファクターとしての山廃造り


うちは年間を通して出しているお酒に関しては、全て山廃で造っています。山廃の酒を造りたいというよりは、こなれたお酒を造りたい、だから寝かせたい、だから山廃を使っている、という感じです。山廃ありきというよりは、熟成させるお酒を造るためのひとつのファクターとして、山廃を使用しています。







山廃造りは、酒質とすると非常に味わい深くて、複雑な味わいのキレの良いお酒ができます。最近の市場には、山廃のお酒が増えましたが、一時はほとんどなくなりそうになっていた技術です。日本酒のバリエーションが増えてきたり、いろいろなタイプのお酒が飲まれるようになったので、また脚光を浴びるような形になってきている造り方です。

そうは言っても、香りの良いきれいなお酒を造ることには、適した造り方ではありません。ちょっと熟成させたりとか、お燗をつけた時に複雑な味わいに仕上げたいとか、そういったお酒を目指す蔵には、非常に向いている造り方になります。




少し難しい話になりますけれど…。今の市場に出ているお酒には、大きく2パターンの造りがあります。速醸系と生酛系という造り方で、山廃造りは生酛系です。お酒造りというのは、最初に小さなタンクで酛(酒母)を造り、それをどんどん大きくして造っていきます。その酛を造る時、中にいる雑菌たちをどういうふうに消毒するか、その消毒の仕方で、速醸系と生酛系の2つに分かれるんですね。もちろん速醸系は速醸系で、すごく良い点もありますし、素晴らしいお酒も出来るんですけれども、仕込みの時に乳酸を使うんです。お水の中に乳酸を入れて酸度を上げることで菌たちを阻害、動かないように消毒します。

一方、生酛系というのは古来からある造り方で、まだ薬局で乳酸とかそういうものが販売されていない頃から行われています。簡単に言うと、お米と麹と水を使って、ヨーグルトみたいなものを造ります。蔵の中に付いている天然の乳酸菌を、低温で上手に発酵させてヨーグルト状のもの造り、その乳酸菌の出した酸で、中にいる雑菌たちを消毒するというわけです。この工程を経て、お酒造りを進めていく造り方が生酛系です。




木の櫂棒で酒母タンクを撹拌。米を溶かす、タンク内の温度を下げるなどをはじめ、酒母の菌の育成管理や温度管理など目的はさまざま。リスクもあるが木の櫂棒は適度に良い菌を繁殖させるのに役立ち、山廃や生酛に向いている。


「泡アリ酵母」は今ではあまり使われなくなった古い自然のままの酵母。酒母造りの後半、酵母菌の発酵が進んで泡立ってくると、手製の道具を設置して上部の泡を消して溢れないようにしている。その様子を短時間だけ定点撮影。


生酛でヨーグルトみたいな状態を造るには、約2週間くらいかかります。殺菌剤を全く使わないので、非常にリスクのある造り方でもあります。いちばんリスクが高いのは、仕込んですぐのタイミングなんですね。低温にして、雑菌を動かない状態にしておくんですけれど、シャバシャバしたような状態が長く続いていると、そこで雑菌が繁殖する可能性があります。すごく乱暴な言い方をすると、昔はお米自体もそんなに精米が出来なかったので、かなり硬いお米でした。そのお米を溶かすためには非常に時間がかかったんです。濃糖な状態になっていると雑菌は入りにくくなるんですね。なので、ペースト状というかドロっとした状態をまず先に造っておくというのが、生酛系の造り方では最初にやらなければならない作業になります。温度を下げることの次くらいですかね。

ところがだんだん時代とともにお米が磨けるようになってきたり、お米自体が軟質系のやわらかいものになってきた。杜氏さんたちが櫂で潰すよりも、もっと強い麹をつくって、麹に溶かさせた方が良い酒になるんじゃないかと、色々考え出したんです。生酛と山廃でも、麹のつくり方からして若干は違うんですけれど、山廃をやってる杜氏さんはどちらかというと「櫂でつぶすな、麹で溶かせ」って言うんですよ。
物理的に人が溶かして、変な香りを出してしまうよりも、麹に溶かさせた方がいいという考え方なんですね。





山廃造りをしている蔵は、比較的しっかりした麹をつくったり、精米歩合が高かったり、軟質系のお米を使っていたり。水自体もちょっと硬度が高い水を使うところは山廃に向いていると思います。逆にそういうファクターみたいなものがない蔵は、山廃で造ろうとすると、初期の段階で雑菌が増えてしまう可能性があるので、きっちり生酛の山卸しをした方が安全に造れたりするんですね。物の本とかで見ると、山廃は山卸しを廃止しているから楽なイメージがあるんですけれど、実際は楽なわけではなくて…。生酛造りと山廃造りは、ほとんど差はないんですけれど、その蔵の持っている材料とか麹の造り方とか使用する米や水とかによって、山廃に向いている蔵と生酛に向いている蔵がある、ということは言えるかもしれません。


大事に使う木の道具


うちの酒造りの道具は、米桶、櫂棒、ぶんじなど、木製の道具を多く使っています。木製品はオフフレーバーにもなり得るので、酒造りでは嫌われることもあるんですけれど。うちは造っている酒質が若干違いますし、蔵の中にいる、いろいろなものの味わいを上手にミックスさせながら、うち独特な味にしていきたいと思っていて。もちろん木の匂いがあまり付くことは良くないと思います。でも、木の櫂棒とか大好きですし、木製の米桶も寒い冬に持つとホッとするんですね。

毎年壊さないように大切に使ったり洗ったり。物を大切にしようとか、愛着が持てる道具が身近にあるというのはとてもいいですよ。そうやって物を大切に使っていくということも、最終的に回り回っていろいろな形で、品質の高いものを造るところにつながる気がするんです。そういう意味も含めて、ある程度の木製品に関しては使ってていいな、と思っています。





自分好みのススメ


うちのお酒は、食事のポジションで言うなら、お味噌汁のポジションに近いんです。料理を受けとめるポケットみたいなものは大きいお酒だと思います。料理の横にちょっと添えて、少し温めたお酒を飲んでもらうだけでも、すごく心がほぐれますし。そういうことには絶妙な仕事をしてくれる自信はあります。家庭に一個、四合瓶を置いてもらうと、すごく食事の幅がひろがるというか、楽しみがひろがると思います。

基本的には、このお酒はこういう飲み方をしてください、というのは僕はあまりないと思っていて。その時の飲む人の体調だったり、気温だったり、その時のおつまみだったり、そこに合わせていただければと。自分がスッキリ飲みたいなと思えば、冷やしてもらっていいし、ほっこりしたいなと思えば、温めてもらっていい。温度帯のバリエーションは広い酒なので、自由に扱ってもらって、あなた好みに使ってもらいたいです。






日本酒はもっと、自分の好きな料理や好きな器と合わせて飲んでもらったら愉しいのになあ、というのはすごく感じています。自分の大好きなぐい呑みで飲んでもらうと、より一層美味しく感じると思います。ぜひ、お好みのぐい呑みで楽しんでみてください。うちのお酒は、日本酒の中でもかなり癒やしの酒ですから。日々の生活には、いろいろなストレスや肉体的な疲れもあるでしょう。疲れた時にちょっと飲むことで、少しでも心が癒されたり、休息になってくれるような、そういう使い方をしてもらえたらとても有り難いなと思います。


Movies

Introduction movie 「群馬泉」 島岡利宣

Year:2021 time:11.04min movie by filament