樋渡 賢 

Interview

Ken Hiwatashi

Feb, 2022

Interview


蒔絵手帖 7

「麒麟蒔絵杯」


空想上の生き物である「麒麟」を、シルエットで表現したいと思ってつくりました。麒麟は伝統的な高蒔絵という技法で描いています。漆で描いた後に、炭の粉を蒔き付けて、それを研いでいきます。だから真っ黒ではなくて、ちょっとグレーがかった炭の色なんです。普通は動物がまずメインになるようにつくられると思うんですけれど、この麒麟はシルエットなんですね。




でも、細部をよく見ると筋肉を表現してあったり、毛を一本一本描いてあったり…。ただの黒抜けだとシルエットにはなりますけれど、凹凸があった方が光が当たったときに変化が生まれます。光の当たる角度によって、背景の金の色味もかなり変わるので、麒麟の見え方の変化も合わさって、そういうところは面白いと思います。光も一緒に作品を描き上げていく感じです。




普通ではない物にしたい、というのがまず基本的にあります。もし自分が使い手側だとしたら珍しい物がいいし、世の中には普通の物というのはあふれてますから。手のかかることってだんだん敬遠されていきますけれど、手間をかけることで出てくる雰囲気ってあるんですね。雰囲気の出し方も簡単にはできることではないんですけれど、そういうものをこの一つの小さな物に、ぐっと閉じ込めたいなって思うんです。


たとえば、麒麟の線を描くときに、弁柄漆を使うんですけれど、それを僕は手で練るんです。機械で練ったものもあるんですけれど、理屈は同じなのに描き味が全然違うんですね。手で練ると伸びが良くて、盛り上がった生き生きとした線になるというか。なかなか理屈ではうまく伝えきれないのですが。機械で練ったものは市販されているし、何も1ヶ月もかけて自分でずっと練るなんて…と言われたりもしますけれど、でも、全然違うんですよね。麒麟の毛を一本一本描いていくというのも、盃は手に取ってじっくり見たりするものなので、お酒を飲みながら、こういうふうに描いてるんだ!って楽しんでもらえますし。お酒を入れると、レンズ効果で際立って見えたりもして、そういう遊びの感覚もありますね。


麒麟の背景は置き平目という技法で、金の粒を一つ一つ隙間なく並べています。上から漆を塗って、乾いたら研いで、研ぎ出し加減で色のグラデーションをつくっていくんです。でも、それはあくまでも添えであって、メインは麒麟です。添えものというのは、割と簡単なことをしてしまいがちですけれど、一品物ですから、そういうことに手を抜かずにやりたいなと。背景に、金の粒を一つ一つ選んで貼っていくというのも手間はかかりますけれど、やっぱり仕上がりが違うんです。




蒔絵の金粉屋さんでは、粒が号数分けされていて、細かい物から15段階くらいあります。形も厚みも微妙に違うものを一つ一つ貼っていくんですけれど、厚みとしては0.0いくつみたいな粒です。一粒一粒の貼り方を調整して、その厚みの違いによって、研ぎ出したときに、漆が厚く被るとオレンジ色が濃くて、漆の被りが薄くなるにつれてだんだん黄色になっていって、漆の分が全部研ぎ出されて取れてしまうと、金が表面に出てくるので金属の金色になります。ちゃんと色のグラデーションに見えるように研いでいきます。その微妙な厚み加減で、この雰囲気を出しているんですね。おおよそのイメージとして、こういうふうになるだろうなというのはあっても、全部コントロールしているわけではないです。




僕は色をいくつも使いたくないので、金の発色と漆の黒、木の木目、そういった素材のもつ色味を絵に取り込んでいます。この盃の外側は、拭き漆にしました。外側の木の雰囲気と内側の漆の艶っとしたところ、その対比も好きです。欅は木目がハッキリしているところもなかなか面白くて。もっと木目の細かいのがいいという人もいますし、つくる物に合ったバランスというのもあります。この欅はいい木地だったので木目を見せる作品にしました。


高台が高くなると格調も高くなって、拭き漆になると少し格下の雰囲気になります。蒔絵というのは格調高く、その中でも高蒔絵というのはさらに格調高いものなので、そのバランスをどう表現するかなんですね。形も重要ですし、そうしたいろんなことの全てのバランスで成り立っている盃です。




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