樋渡 賢 

Interview

Ken Hiwatashi

Jun, 2021

Interview


蒔絵手帖 1

「 羽根蒔絵 」


羽根蒔絵は僕の永遠のテーマというか、ずっと研究してきたんですよね。弟子入りしたときに「孔雀の羽根を描けたら一人前」と言われました。でも、羽根のふわふわ感というのはなかなか出せない。絵でも難しいんですけれど、それを蒔絵でやるとなると、どうしても線がかたくなってしまうんです。漆で線を描いて、そこに蒔き付ける粉は金属ですから。骨みたいになるんです、魚の骨みたいな感じに。ふわふわ感も何もないですよね。それを出せるようになるには、絵の練習も、蒔絵の練習もひたすら続けていくしかない。

羽根蒔絵は「研出蒔絵」という技法で制作しています。漆で線を描いて、金属粉を蒔いて、漆が固まってから全面を漆でもう一度塗り込んで。そして固まってから研いで、蒔絵を表面に研ぎ出していくんです。研ぎ破ってしまうこともあって、そうしたらもう作品としては成立しないんですね。線は太く描いた方が、研ぎ出すには楽ですけれど、それではふわふわ感が出ないので。見えるか見えないかギリギリのところ、とにかく限界まで細く線を描いて、このふわふわ感を出すんです。イライラしていると細い線なんて絶対引けないし、本当に穏やかなときでないとできない。なかなか簡単にできない仕事なんですね。20年くらいずっと研究してきて、ようやくここまで来ました。できるのは、1年で1個か2個くらいです。

暗いところで漆のものを見るっていう機会はないじゃないですか。でも、お酒を飲む席とか、夜のお茶会とか、そういう暗い状況のときに、漆は黒だからですかね、光を吸収してしまう。その中で蒔絵の金属粉が、ふわっと浮き上がってくる。

派手じゃない奥ゆかしさって、こういうことなんじゃないのかなって思いますね。ふわっとした灯り、そこに含まれる何ともいえない情緒。そういう作品をつくりたいなって思うんですね。そういう意味ではこの羽根をモチーフにした蒔絵って、うってつけなんじゃないかなと思っていて。しかも、なかなかできるものじゃないっていうのも、永遠の目標みたいな…。ずっと取り組んでいきたいモチーフです。




羽根はいろんなのがあるんですよ。尾長とか、鳩もあるし、烏骨鶏とか…。実物はもっと大きいんですけれど、それをギュッと小さく凝縮して描いています。こういった繊細な蒔絵をするときは、器物も繊細じゃないとバランスが悪いんです。これで縁づくりが分厚くて、重たくぼってりしていると合わないじゃないですか。木地も薄くなきゃいけない、塗りも薄くないといけない。そういう塗りをするのも技術がいるし、技術がいるものって日頃の鍛錬ですから。そういったものの合わせ技ですね。

羽根蒔絵杯 #1




これは少し大きい羽根の、羽毛のところじゃなくて、羽根の平たいところを見せたいと思って、こういう平たい盃をつくったんです。立ち上がりのところにあえて蒔絵を施していて、描きづらいところにこういうふうに細い線を描くというのはちょっと見せ所でもあります。器の見込みは黒地に蒔絵、側面は潤色(うるみいろ)で、この黒・潤・金というのが、僕にとって黄金比のようなものでとても好きなんです。黒に蒔絵だけだと緊張感が出てしまうところを、この潤の焦茶色が入ることで優しい雰囲気になるんですね。

羽根蒔絵杯 #2