安西淳

Interview

Jun Anzai

May, 2019

Interview

安西淳


ふだん使いに、軽やかな漆器




以前は飲料メーカーで製造の仕事をしていました。働く中で急速にデジタル化、効率化が進み、製造業でも時間をかけて手づくりされるような物づくりに惹かれていきました。

たまたま漆器の飯椀を見かけ、最初はその値段に驚きましたが、何か違いがあるのではと思い購入してみました。白いご飯を入れてみると、必要な水分を残しながらも、不要な水分は飛ばしているような気がして感動しました。当時、その漆器をつくられた職人さんに会いに行き、弟子入りをお願いしたのですが、ご高齢なこともあり専門学校を紹介してくださいました。


東京を離れ、京都の専門学校で2年間、漆を学びました。ハレの日に大切に使われる漆器というのもすごく魅力的なんですけれど、自分はふだん使いとして日々使いたいんです。“いい素材を使ってつくって、それを毎日使えたらいちばん幸せなんじゃないかな”と思っていて…。


在学中、漆の仕事についていろいろ調べていたときに、ふだん使いの漆器を制作されている輪島の塗師・赤木明登さんを知りました。手紙を書いたり、個展に行ったりするようになって。そのころはお金も移動手段もなくて、原付バイクで京都から輪島まで行って、お願いして弟子入りという形になりました。親方のところで7年ほど、漆器の基礎からいろいろなものを学ばせていただきました。


独立することになったとき、これから何をつくるかというのはとても悩みました。親方のつくっているお椀や重箱、そういうものも魅力的でしたし。自分はいちばん何をしたいのかと考えたときに、仕事の休日に漆を使ってつくっているのは、花器とかだったんです。


自分で育てた草花は、山野草とか小さいものが多くて。散歩で山に入ったりしたときも、ちょっと小さいのを採ってきて、それを一輪挿しに、何も考えずに生けて楽しんでいたんです。季節によって咲く花も違うし、色も大きさもみんな違っていて。そうすると花器も同じ形ばかりでなく、変えてみたくなってきて…。




そのときそのときの雰囲気で、一個ずつ変えてつくっていくのに、適していると思ったのが“乾漆”だったんです。素材に木を使わず、布などを糊漆で張り重ねて素地をつくる技法で、学校の卒業制作のときに学んでいました。造形が自由なので、自分の遊びとして始めたことでしたが、これを自分の作品としてつくっていけたら、いちばんいいんじゃないかなと思うようになりました。


最初は花器を中心につくっていて、あるときの個展で、酒器をつくってみませんかと依頼されたんですね。以前から小さい盃を好きで集めたりしていたので、そういうものを参考にしながら、酒器もつくるようになりました。


大きいのをつくったりもしたんですけれど、だんだんとこのサイズに。手のおさまりが心地良くて、どうしても自分の好きな小さいものになってしまうんです(笑)。お酒を入れたときに、手に重さが伝わってくる感じにしたかったというのも大きな動機です。




軽さはとても軽くて、初めて持った方はびっくりされるかもしれないです。角とか隅とかで持つと、重心がかかりやすくなって持ちやすくなります。ツルツルの滑らかな塗りではなく、表面をマットな感じに仕上げていて、ザラッとまではいかないですけれど少し肌触りがあって、軽くても滑りにくいようにという意味合いも込めて、この表情にしています。


薄づくりの乾漆なので、1ミリ、2ミリたぶんないくらいの厚みだと思います。盃は内側を金彩や銀彩に加飾していて、この加飾は蒔絵師である妻の由香子の仕事です。この薄さで加飾することによって、一見金属器のようでいてまたちょっと違う風合いというか。金属の打ち出しで叩いたような薄さというか。金属器に憧れみたいなものがありまして、乾漆と加飾でそこをやってみたいと思って、薄さや表情にこだわってつくっています。


金彩や銀彩は、注いだときにお酒の色味が見えますし、光が乱反射するので、眺めながら自分で盃を回してみたり。飲む楽しさに視覚的な楽しさも加わって、お酒の味わい方というのがまたいちだんと変わるんじゃないかなと思います。


盃は飲み心地を大切にしていますので、自分で使いながら、また試行錯誤して、より一層使いたい器、しまわれてしまうのではなくて、毎日使いたくなるようなものを目指してつくっていきたいなと思っています。



左:安西由香子/右:安西淳



Interview


安西由香子


やわらかな表情の加飾


私は高校がデザイン科で、いろいろなものづくりを学ぶ学校だったんですけれど、2年生のときに学校の図書館で蒔絵の図録を見つけまして。それがとてもきれいだったんです。昔から植物の絵を描くことが好きで、職業とするなら、実用のものに絵を描く仕事がしたいなと思っていたので、そこが蒔絵と一致したんですね。


京都の専門学校に進学して、京蒔絵をベースに、蒔絵の伝統的な技法を学びました。楽しいし、奥が深いので、どんどんやりたい技法なども出てきて…。先生から、漆の技術を深めたいのなら輪島に行った方がよいと勧められ、実際に輪島を訪ねてみると、石川県立輪島漆芸技術研修所はとてもレベルが高く…。私もここで勉強したいと思って、卒業後は輪島の研修所で3年間、蒔絵を学びました。


研修所に通いながら、週に1回、輪島の女性の蒔絵師さんの元でアシスタントもしていました。卒業後は、アシスタントを継続しながら、別の蒔絵師さんの工房で職人として週5日働いていました。2ヶ所の蒔絵師さんのところで勉強できたことで、とても自分の中で幅がひろがりました。それが6年くらい続いて、2018年に、安西の独立と同じくらいのときに、自分も工房の職人から独立して蒔絵師になりました。


二人とも出身は東京ですけれど、漆の仕事をするには、輪島はとてもやりやすいんです。漆の仕事に携わる人が多いので、いろいろな情報交換が出来ますし、材料屋さんも輪島に沢山あるんです。気候が漆の特性に向いていて、湿度がわりと高めなので、漆の乾きがとてもいいんですね。


蒔絵師としての私のふだんの仕事は、基本的にハレの日の器の仕事が多いんです。年に1回使うような豪華な加飾の器だったり、飾って鑑賞するものだったり。それはそれで、とても好きな仕事なんですけれど、“ふだん使い出来る美しい器をつくりたい”という思いもあって…。そこは安西も同じようなことを考えていたんですね。


二人でどういうものをつくろうかという中で、彼は酒器に力を入れていたので、その酒器に私が金と銀の加飾をして、なおかつふだん使いしやすい、ちょっとカジュアル感もあるような感じの装飾にしたいと考えました。最終的にできあがったのが、箔と粉を混ぜて、少しテクスチャーがついた感じの器です。







皿や盆、花器などにも、加飾をしています。ほんの少し金属の入れ方が違うだけで雰囲気は変わるので、全く同じものにはなりません。一個一個、その時々の表情になっています。




たとえば用途も、花器としてつくっているものを、家では姫フォーク入れにも使っていますし。使い方は、使う人によってさまざまですね。見立てで、これは何々に使えそうだという感じで選んでくださる方も多くて、私たちにとっても新鮮です。日常に、いろいろな使い方をして楽しんでいただけたらと思います。



お手入れ方法



漆器のお手入れなんですけれど、基本的にはほかの食器と変わらなくて。ふつうにぬるま湯で洗っていただいたりとか、汚れや油分が気になるときは研磨剤を使っていないスポンジと食器用洗剤で、しっかり泡立てて洗っていただいて。

スポンジで洗うときに、力一杯ぎゅっとやらない限りは、ふつうにやさしく洗うくらいでは、銀箔も金箔も剥がれてくることはないので。

洗い流したら、最後に水分だけ布巾でしっかり取っていただいたら、それで全然大丈夫だと思います。

水道水にはカルキ成分が入っているので、水滴が残っていると、そこが少し痕になったりする可能性はあるので、水気だけは布巾でもティッシュでもいいので拭き取っていただきたいです。

あとは、直射日光は漆をいためるため、それを避けるのと、急激な乾燥や高湿は良くないので、エアコンの前とか、熱々の鍋のすぐ横とかに置くのは避けていただけたら。

漆は素材として繊細な感じがしますし、気難しそうなイメージですけれど、意外と強いので気軽に使っていただきたいです。

金彩も銀彩も、使う毎にもっと深い味わい、金属の色味とかも出てきます。逆に、しばらく使わないでいると、銀のものは少し色味が黒くなったりもします(硫化)。頻繁に使って、洗ってを繰り返していると、あまり黒く変化しないので、沢山使っていただけたらと思います。

Movies

Introduction movie 安西淳

Year:2020 time5.37min movie by filament