鍵和田 亮

Interview

Akira Kagiwada

Feb, 2020

Interview



伝統技術とその先にある酒造り

中沢酒造11代目・鍵和田亮




神奈川県松田町で日本酒「松みどり」を造っています。創業は1825年(文政8年)、私で11代目になります。元々の銘柄は漢字の「松美酉」と書きまして、小田原城から松田町を見ると、酒匂川の松並木が美しかったことから、松美酉という名前を小田原城の殿様からいただきました。昔はお米を小田原城に納めてまして、お米ではなくてお酒にして納めるようにと言われたことから酒造りが始まったと聞いています。小田原が近いのでどちらかというと魚介に合うようなお酒を造っています。



小さい頃から蔵の手伝いをしていて、いずれ継ぐことになるだろうと思っていましたので、東京農業大学に進学しました。大学で醸造の勉強をして、卒業後は他の蔵で勉強させていただいてから戻り、今年で酒造り9年目になります。修業先のお酒と自分が現在造っているお酒というのは全然違うんですね。戻ってきた1年目は修業先で習ったことをやっていたんですけれど、なかなか難しくて。やはり蔵それぞれの癖というか、個性というか、そういうものがありまして、この蔵にしかないものも沢山あったので、いろいろ考えて行く中で現在の酒質になっています。






定番の「松みどり 純米酒」、河津桜酵母の「亮」、S.tokyo酵母の「純米吟醸  S.tokyo」。この3つをラインナップしています。純米酒はこの地域でよく飲まれていまして、「松みどり 純米酒」はうちの主力のお酒です。すっきりとした、飲み飽きしないタイプで、冷やでも少し温めても美味しいですね。やはり魚介や出汁のきいている料理によく合います。逆に味の濃いもの、ちょっとパンチのある料理に合うタイプというのは、これまで主力のお酒になかったので、私はそこもやってみたいと思って、酸味と甘味のあるタイプのお酒も造っています。私自身もそういうタイプのお酒は好きですし、和洋幅広い料理に対応出来るように揃えています。




地元から発見した“河津桜酵母”


「亮」は、私が発見した“河津桜酵母”で仕込んだお酒になります。大学3年生の時に、将来につながることをしたいと考えて「酵母を見つける」ことを卒業研究のテーマにしました。地元から何か発見できたらと思い、蔵の裏手にある松田山、西平畑公園は、毎年2月中旬から下旬にかけて河津桜が満開になるところで、もしかしたら花酵母が見つかるかもしれないと…。公園自体は町の所有になりますので、町役場の担当の方と一緒に山に行って、河津桜を枝ごと切っていただいて、それを大学に持って行って自分で酵母を分離しました。







清酒酵母というのは自然界に数%しかいないと言われ、醸造酵母の大半は味噌、醤油、パンなどの酵母が占めています。私は奇跡的に松田町に咲く河津桜からお酒に適した酵母を発見することが出来たんですね。松田町では毎年、開花時期に“松田桜祭”を開催していまして、この河津桜酵母で仕込んだ「亮」は、地元の特産品に育てたいという思いもあります。


地の米・水・酵母で造る地酒として、現在は自社の田んぼで栽培している酒米“若水”と、足柄平野で栽培されている食用米“キヌヒカリ”を使用した2タイプの「亮」があります。すぐに完売してしまうので、若水の収量を増やしていくことが課題です。地元でお米を生産してくれる方が見つかれば、亮は種類を増やすこともできます。河津桜酵母自体は酸の生成がやや違うものが4種類ありまして、まだ1種類しか使っていないので、あと3種類あります。その3種類でバリエーションはかなり増やせるかなと。地酒ですから、地元の方にたくさん飲んでいただけるようなお酒を造っていきたいなと思っています。


幻の酵母“S.tokyo NAKAZAWA”


2020年のオリンピックに向けた商品開発を、今から5年くらい前からスタートしました。その時に農大の私の恩師である門倉利守先生から「S.tokyoという酵母がある」と教えていただきました。それは1909年(明治42)に、農学博士の中沢亮二先生によって発見されたもので、正式名は「Saccharomyces tokyo NAKAZAWA(サッカロマイセス・トーキョー・ナカザワ)」。現存する清酒酵母の中で2番目に古いものですが、過去に一度も日本酒造りに使われたことはありませんでした。もちろん中沢先生と面識はないのですが、お名前の中に、中沢酒造の中沢と私の亮(あきら)の字が入っていることに、これも何かのご縁だなというのをすごく感じまして、この幻の酵母を使ってお酒を造ってみようと酒造りを始めました。敬意を表し、お酒の名前も酵母名そのままに「純米吟醸 S.tokyo」と名付けています。





実はS.tokyoという酵母は、大学時代に酵母学という授業の中で出てきていたんです。すっかり忘れてまして、大学時代のノートや教科書を見直したり、論文を読んだりして、どういうところで、どういうものから発見されたかということを、改めて勉強しました。やはりその酵母の生い立ちを知らないと始まりません。酵母の特性的なことを言えば、現在の協会酵母に比べると酵母の発酵が弱いと思います。アルコールもそれほど高くないので、ゆっくりゆっくり発酵していくようなタイプ。冷却設備は使わずに、比較的高めの温度を維持しながら発酵させています。


そうすることで、やや甘口の白ワインをイメージしたような飲みやすいお酒に仕上がります。オリンピックで訪日される外国の方にも飲んでいただければと思っています。結構酸味が出るので、上手に酸とのバランスをとって上品な甘味を残しています。酸味がきいている分、ベタベタ甘いお酒ではないですね。しっかり冷やして飲むのがおすすめで、お肉料理にも合います。アルコールは低めの14度の原酒にしていて、搾ってからは一切水を加えずにすぐ瓶詰めし、一回火入れした商品になります。


技術の継承を軸に


日本酒造りは伝統産業だと私は思っているので、伝え残していかなければいけない技術を継承しています。さらに新しい技術というものも取り入れていかないと時代についていけなくなります。純米酒を主力にしていますが、技術というものを大切に考えて、アルコール添加したお酒も造り続けています。アルコール添加という技術を伝承しつつ、時代の中でよりよいものを造っていきたいと思っています。







自社のお酒は全て好きなんですけれど、自社が一番だと思っていたら進歩はないですし、世の中にはたくさん美味しいお酒がありますからね。他社のお酒も、できるだけ自分が美味しいと思うお酒を飲んでいます。そして、このお酒はどのように造られているんだろうかということを考えながら、自分の酒造りのレシピを考えたりしています。私は実験や研究、分析が好きなんですね。同じ事を何度も繰り返すことはかなり好きですし、この蔵が培ってきたものを大切にしながら、自分の技術も磨いて、よいお酒を造っていきたいと思います。

Movies

Introduction movie 「松みどり」 鍵和田亮編

year:2020 time:4.3min movie by produced by filament movie